永い延長戦

2023年:「何でも見てやろう」

正直なラオス旅行の記録

大学を卒業し働き始めて1か月。ゴールデンウィークに10連休を取れると知ってから、きっかけはないが心がラオスに向かっていった。恋人とは折り合いが付かず一人で行くことに決めた。直前に読んだ本に、スタインベックの「旅への衝動に駆られ続ける私は要するに成長していないのだ」みたいな言葉が引かれていて警句に思えた。普段使いのリュックサックに1日分の着替えだけ詰めていく。6泊8日ラオス旅行の正直な記録。

 

1日目
(この日は記録していない。夜に羽田空港を発つ。ホーチミン行き。)

2日目
(記録がない。朝、ホーチミンに着く。ラオスへの飛行機が出るまで10時間ほど空いていて、バスで市内に行ってみる。サイゴン動植物園で暑さにぐったりしている動物たちを見た。気温は42度くらい。クジャクが駐車場の車の間を歩いていた。脱走か? 夕方、ラオスの首都ビエンチャンに向かう。)

3日目
(中国が敷設した中国ラオス鉄道でビエンチャンからルアンパバーンへ。設備はすべて中国鉄道式のようで、ビル4階分ぐらいの吹き抜けがある駅舎が利用者数に対して大きすぎた。)

古都ルアンパバーンに来た。メコンの川岸でこれを書いている。日中は42度で、スマホが動かなくなるほど暑い。ここは仏教信仰で栄えた町で、観光資源にあふれているかといえばそうでもないのかもしれない。でもまあここで何もしないということをしている。

会社のことは忘れようと思って、資格の本なんかは何も持ってこないできた。でもふとした拍子にマインドセットだとか資格の用語だとかが首をもたげてくる。朝から晩まで予定を埋めつくす仕事を忘れるように旅行へ出かけていた父の姿を思い出す。父はだいたい、どこの旅館にもある地酒飲みくらべセットと焼酎を呷って布団に突っ伏してしまうのだった。自分もそうなるんだろうか。

サンセットの遊覧ボートに勧誘されたので乗る。ラオスの太陽は日本より赤みが強い。それがだんだんと降りてきて、対岸の丘の木々に隠れていく。日は緑に濁った水面の上でさざなみを立てる。川を下る観光船と川を横切る渡し舟がある。どれだけ接近してもその暮らしは絶対に交わらないのだなと思う。観光船の中にいる人同士だってそう。

4日目
昼過ぎまでは立っていられないような暑さ。世界遺産の町だというのに出歩く人がほとんどいない。だから12時ぐらいまで寝ていた。昼、社寺に行く。やっぱり数人しかいない。同じ道を往復したり意味のない時間を過ごして、夕。

プーシーの丘という有名な夕日のスポットに行ってみた。日没は18時なのに、暇だから2時間前から登って待っていた。準備は万端。眼下には市街、向こうにはメコン川、その奥には対岸の町と木々。赤い太陽が沈むにつれますます赤くなるのを待つ。

はずだったが気づけばスマホに夢中だった。後から考えれば、時間とともに増した人のせいだと思う。最初は十数人だった待機者がしばらくすれば数百人に増えていた。丘の狭い展望台に詰めかけた人、騒がしい様々な言語から逃げたくなったんだろう。顔をあげると日は暮れていた。すっかり人が引いて、日の名残りを僅かな人が眺めている。その人たちもいなくなってからようやく丘を下った。日が沈んだ薄墨のなか、丘の中腹にある金色の涅槃仏が最も魅惑的に鈍く光っていた。それを見れて幸せだった。

5日目
朝、この地で有名な托鉢を見る。見に行ったら雨だった。どうやら今日から雨季の始まり。

昼。宿で手配してもらったクアンシーの滝へのツアーへ。ハイエースで隣の席に座るのが22歳の大学5年生だった。彼に幸あれと思う。

宿に帰ってきて、中国人や日本人やスーダン人と話した。卒業旅行を諦め21年に入社して、諦めきれず退職して旅に出た女性。国に仕事が無いから旅をしている男性。ここのドミトリーで寝て日中をやり過ごす日々の男性。

6日目
3泊したゲストハウス。言葉は通じないけれど、笑顔がスタッフと僕の間の共通言語になった。出勤してくるスタッフとニコっとする。

もう帰らないといけない。朝イチの乗り合いバスを予約したのに30分経っても来ない。スタッフに確かめてもらうと、運転手は「あと10分で行く」と言っているらしい。結局それからさらに30分ぐらいしてきた。ひやひやするぜ。

それからのことで書きたいことはあまりない。ハイエースが、日本より急な角度で引かれた坂道を猛スピードで走り抜ける。体は始終跳ねっぱなしだった。11時間かけビエンチャンに戻ってくる。「ここがシティセンターだ!」と運転手が言い張り中心地から5キロは離れた場所で下ろされる。確かに官庁だけはあった。ちょうどそのときスコールが降り出す。ほうほうのていでゲストハウスに着いたら、そこが外れで冷水のシャワーすら出ない。トイレが流れない。帰りたい。

ラオスマルハンが銀行をやっている。

7日目
帰る日。最後に一応この街の朝市に行ってみる。朝7時、まだ空いてなかった。もういい。

空港まで歩いて行くことにした。ラオスは、QR決済も配車アプリも独自で何だか使う気が起きない。QRで払うと高いなと思っていたら、8%ぐらい手数料を取られていたし。で、歩く。4か5キロ。野犬が近づいてくる。怖い。この街、ビエンチャンは得意ではなかった。

飛行機はホーチミン行きだと思っていたらカンボジアプノンペンでいったん止まった。途中停車駅プノンペンで何人か降りて何十人か乗ってきて、ホーチミンに着く。5日ぶり。日本行きの飛行機が出るまで9時間。空港で待ち続けるか迷ったけどとりあえず入国する。ブンボーという牛肉麺が好きだから食べる。お土産を買う。もう空港に戻る。あんまり後ろ髪を引かれていない。

8日目
未明に飛行機が出る。手元のスクリーンでオッペンハイマーが選べたので観る。前映画館で観たときは体調が悪くて寝てしまったから覚えていないところもある。英語字幕が付いていなかったので会話が3割も聞き取れなかった。

着く。家に帰って寝る。寝ている間に恋人に振られていた。

当分旅行はいいかなという気分。でもまた直に行きたくなるのは分かっている。