永い延長戦

2023年:「何でも見てやろう」

ごめんなさい生きています

午後4時書店に到着。本を求めて到着。ターゲットは熊代亨さんの”認められたい”、ブコウスキーの”死をポケットに入れて”。探す。書棚を左上から右下へ、執拗に舐めまわす。心理の棚の、フロイト深層心理承認欲求精神世界スピリチュアル、見当たらない。文春新潮ちくまハヤカワ岩波講談社ハウツー、あれ、ないぞ。心がどろどろしてくる。

どこや    おい    24度ぐらいだろう、生ぬるい書店の空気に触れて手の皮がすうと冷える、手汗がにじみ出ているとわかる、灰色のパーカーで強引に拭ったら布地の手に触れた範囲だけが濃紺に沈んだ気がした。棚の間を縫ってすすむ。いや進んでいない。意味もなく学童書のところまで巡る。ルンバも驚きの非効率。私は書店でフルマラソンができる。

これでもう午後5時。文庫と心理のエリアで50往復。店員さんに声かけろや。いや、かけられないのです。レジの人はせわしなく電話を受けてカバーをかけて客対応。陳列の人は、取次会社の応対をしてもちろん本を並べてもいる。入口の脇に、MSゴシックの太字でバイト急募と張り紙があった。時給935円。人間不足の本屋さん、忙しいんだろうなあ大変なんだろうなあ声をかけたらこれは申し訳がないなあとおもう。

時給まで明確に覚えているのは、自分の無能に苛まれる中で一瞬、打算的に一瞬、心の中の波立たぬ部分が、これは話の種になりますぞ、と私に告げたからだった。即座に世界が白黒反転、心は眼前の苦痛な風景のすべてを記録しようと励みだす。拒絶拒絶拒絶を拒絶。情報に負ける。とぼとぼと歩く。束の間探していた本のことを忘れて、所定の位置から数ミリ離れている平積みの本たちを、あるべき場所に戻してやる。治安回復。ベストセラーの本たちが寸分歪むこともなく整列しているのを見て満足、した途端、書店員の任を解かれて、本を買いに来ていたことを思い出す。舌を突き出して

空気を吐き出す、カバンをまさぐりタブレットを取り出しツイッターを開きタイムラインを滑らせる、最近フォローした自己啓発系アカウントのツイートが並ぶ、クソが。こういうとき自己啓発は完全に逆効果だった。脳内在住のシックな紺色スーツをまとった30代ビジネスマンが語りだす。自分のためだけに生きましょう!    動き出せずにうじうじしてるときは、行動できなくしている要因をあぶり出して排除しよう!    目的のために必要な手段があればなんだって実行しよう!ええいうるせえ、心中、氷点下にまで下がる。これで6時、ですか。

十数回目ぐらいにレジを横切ったら、店員さんが哀しみをふくんだ目でこちらを見てきました。という妄想。壁を殴りたくなる。壁なんてないですが。自分が行動できない原因?そんなもん、店員さんに声かけたら迷惑と思われそう、それだけ、ただの、思い込みですよ。声かけたら対応してくれる、わかってますよ。あ::::::sあーー、!この駅にはもう2つ書店がありましたね!書店Bにいく!すると”認められたい”がある!疲れからか、不幸にも本を手放して書店Cに移動してしまう!

目的の本が発見されて幸せなので逃げてしまった。突然掴みたくなくなってしまった。書店C到着後自分を罵って本棚をぐるぐるぐるぐるぐるぐるしていたらブコウスキー”死をポケットに入れて”がカバンの中に収まっていた。この本を読んで、二度とこの記事のような文章を書かないようにしようと誓う。心が浮く。だが”認められたい”のほうはないらしい。

最初の本屋に戻る。まさかあなた、書店Bで妥協なんかしませんよね、脳内生息の自分にまじまじと見つめられる。はいはい生きますよ、聞きますよ、書店員さんに声かけますよ!!11!   不機嫌な店員さんに声かける。すいませぇ、この本ありませんがぁぁ?ことさらに語尾を強調。尋ねるはずが、喧嘩を売っている。不機嫌な店員さんが心理学なんかわしの管轄ちゃうねんという顔で心理学コーナーへ、在庫から本を出してくれる。はい。あ、え、すいませぇ    不機嫌な店員さんがむすっと帰っていく、あれ俺、お礼の一つも言ってないな、小さな罪悪感で喜びが消滅して情けなさのあまり口をイの形にしながら浅い呼吸を繰り返した。鏡の前でむりやり笑いを作った場合の表情。これが18時59分頃のこと、退店する瞬間天井から宇多田ヒカル”道”が流れて私を祝福してくれた。涙流れる3秒前。

我ながらこれは、書きながらこれは、これは地獄です、と思う。これは事実です。現在は20時30分です。たぶんこれから生きていくためには3切150円だったブリを調理しないといけないし、消費期限が今日までの100グラム70円鶏むね肉をボイルしなければ、最低限でも醤油や酒で漬け込んでおかなければならない。生きますか?    昨日どこかであと二年ぐらいは生きられそうと書いた気がするけど、やっぱり私は期限切れ、廃棄待ち。