永い延長戦

2023年:「何でも見てやろう」

宇多田ヒカルめぐり

恵比寿あたりまでひとっ走りしてきた。自転車。家から90分足らず。自分は自転車という移動手段があんまり好きじゃない。自転車というのは、歩道を走れば前をゆく歩行者にジリジリ威圧的な音を鳴らさねばならず、車道を走れば車が追い抜かしたげに迫ってきてはいないかいつも背後を気にせねばならず、とにかく心に悪い乗り物だ。もっと原始的な、あるいは文明的な方法で移動したかったんだけど、いかんせん歩いたら時間がかかりすぎるし、電車だと金欠の身には痛すぎるほどの運賃を支払わなくてはいけない。やむを得ず、きょうは自転車を走らせた。ベルを鳴らされた歩行者や、前方でタラタラ走る自転車を追い抜かさなくてはいけない運転手の気持ちになって、勝手に心を痛めながら行った。

 

今日の目的は、宇多田ヒカルとのコラボイベントをやっている商業施設や書店を巡ることだった。アトレ恵比寿という駅ビルは、BGMからバナーから宇多田ヒカル一色に染まって、施設全体でコラボ企画をやっている。恵比寿・渋谷・代官山の書店群では、宇多田さんおすすめの本を集めた「宇多田書店」というコーナーが作られている。ここらへんのイベントを一気に網羅しにいった。

 

なんで今日、わざわざイベントに行く気になったんだろうか。宇多田ヒカルの音楽は聴きはじめて2年くらい。なにがきっかけで聴くようになったのかはもう分からないけれど、肝心なことほど案外忘れてしまうものだろう。でも好きになったきっかけは覚えている。8年ぶりの復帰作である「Fantôme」がリリースになった去年の9月からしばらくの間、駅前の本屋でそのアルバムがBGMとしてずっと流れていて、自分はその本屋さんに足を運ぶたびに宇多田ヒカルの音楽世界に心惹かれていったのだった。終いには本を探すためでなくBGMを聴くために本屋さんに行っていた、と思う。

本屋さんのBGMが変わった後も、自分の宇多田ヒカル熱は冷めることなく今日ここまできている。 自分の心のなかで、宇多田さんが、代わりのいない特別な位置を占めている。”宇多田ヒカル”と呼び捨てにしても”宇多田さん”と敬称を加えても、どっちにしたってしっくりこないような独特の距離感を感じている。宇多田さんの音楽を聴いていると自分のことが歌われているのではないかと錯覚してしまう瞬間があるけれど、そこで歌われているのは決して自分の感情ではないんだ。このような好きの形が自分のうちにあって、それで自転車を走らせたんだろう。

 

ようやく恵比寿あたりの話。アトレ恵比寿へ入って、まず試聴コーナーへ向かう。

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宇多田さんの曲をハイレゾ音質で聴くことができた。ハイレゾを聴くのはこれがはじめてだった。末端冷え性で、指先は冷え切っているのにもかかわらず、胴から額から汗が出る。ハイレゾは美しかった。打ち込み音が、自分が持っているイヤホンで聴くよりハッキリ力強くなっている、それでいて歌声を妨げない。なにより歌声が、生で聴いているかのようにざらつきを帯びたものに感じられる。よく、8Kとかのテレビの画質を例えて”実物以上に美しい”という向きがあるけど、そのような感じ。すこし、美しすぎる、刺激的にすぎるかもしれない。ハイレゾが嫌なわけではなくて、また聴きたいと思うけれど、そのまたというのは今日じゃなくていい、明日じゃなくていい。ハイレゾを普段使いしていたら、たぶん自分は日常を暮らせなくなってしまうと分かった。

 

アトレのなかの猿田彦珈琲というコーヒー屋さんが、宇多田さんとのコラボをやっていた。「カプくーま」という限定メニュー。宇多田さんはくま好きで、くまが関わる楽曲とかライブオープニングとかもある。

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チョコが苦手だから、自分で頼んでおきながら恐る恐る口をつけたけど、どぎつい甘さではなくておいしかった。ただ喉はかわいた。

 

宇多田書店。アトレの中の本屋さんでも、それ以外でもやっている。恵比寿から近いところだけは回ってみた。宇多田さんおすすめの書籍すべてが揃っていた書店はたぶんなく、何処も少しずつ異なる品揃えを楽しんだ。
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絵本、漫画、純文学、と多彩な本が並べられている。自分が知っている作家・作品はわずかしかない。宇多田ヒカルについてちょっとでもわかった気になってみたくて、少しずつでも紹介されている本を読んでみようと思った。こんな読書遍歴からあんな作品が生まれるのね!   なんていつか訳知り顔で語ってみたい。手始めに、ということで、中上健次の「岬」、稲垣足穂一千一秒物語」、夏目漱石草枕」を買う。前の2つの選考理由は、書店で普通に陳列されているだけでは絶対に手に取らなかっただろうからで、草枕は、前に青空文庫で読んだけど単に手元においておきたくなったので買った。

 

 これで今日の出来事はぜんぶ。片道分の燃料しか積んでいなかった貧弱な自分ですが、会社員ライダー達の退勤ラッシュに乗っかって、彼らをペースメーカーにしながら自分の身に発破をかけながらかろうじて家にたどり着いて、それで今です。今年もあとは尻すぼみ、終わりを待つばかりになった。なにがしか宇多田ヒカルの曲を聴きながら、できたらブログを書きながら、生きていけたらいいよね。


Utada Hikaru - Anata (Short Version)