永い延長戦

2023年:「何でも見てやろう」

虚飾と「何者」

両親はむろん、友達とすら語り合うことができない感情があるのだ。語れば語るほど、あなたはこの物語で描かれたような人間、この物語に刺されてしまった人間なんですねと相手に露呈してしまうような気がするから。
映画「何者」についてのことだ。そういう映画だったのだ。
見終わったときには、エンドロールの余韻のなかでいろんな衝撃が巡ってきて、言葉にできないこの感情を知りたい、と思わせるような、そんな。


最初にこの映画を見たのは公開初日のことだった。
かくや中学生は追い出されようかというレイトショー、成熟した男女が埋めつくす客席のなかで背もたれにもたれ掛かって映画泥棒やらを横目に見ながら自分は、いま流行りの君の名は。でなくこの映画をチョイスしてくる自分の映画通感を醸し出そうと必死だった。
さらりと原作小説を読んだときの衝撃を思い返したりしながら、いくら面白そうではあれど初見ではないのだからどうせそこまでではないのだろうと高を括っていた。

愚かだった。

確かに、スクリーンから滲み出る不穏な雰囲気は丸く収まらないだろう結末を想像させるには十分で、だけどラストは思うようなラストにはならなかった。大筋は小説となにも変わってないというのに。

深く、抉られた。
Twitterという砦にしがみつく自分を。
他人を貶めて救われている自分を。

この映画に自分は捕らわれてしまって、でもこの映画のことが何もわかってない。衝撃ともなんとも言えないただただ生の感情が、溢れかえっていた。
劇場を出て、すでに月は上のほうにあって、そこから深夜、自分の感情が知りたくて必死になってTwitterで感想を調べる。
ネットの海に自分の感情はなかった。

「やばかった」「よくわかんない」「現実を描き出してる」ほんとに、ほんとにその通りで、でもほんとの感情はそんなところにないと思った。
「ありえない」「つまんない」そんな声もあった。自分もそう感じられたらな、他意のないつもりでそう思った。
自分は人目を気にして誰が見るでもないのに予防線を張りまくって勝手に苦しむしょうもない人間だ。「頭の中にあるうちは、何だって傑作なんだよ」というセリフが劇中にあったけど、自分にはそれが半分信じられなかった。自分のことは全く愛せないし、ただ愛しすぎてる自分もどっかにいる。ある自分は自分をスーパーの寿司についてくるガリ以下に見下し、ある自分は自分に芸術的センスがあると盲目になりなにもしなくともいずれ何者かになれるだろうと勘違いしている。
時折学年の代表の一人として作文を書く機会を頂いて、極度の愛と極度の否定が絡まりあって反吐が出そうになる。
とりあえず出来上がって、それがまったくの虚構と気づいて捨てて、どの道が正解かと迷って、その間に締切は迫って、どうしたらいいかわからぬままに慌てて一時間やら二時間やらで読み直しもせずに書き上げる。
誤字だってあるかもしれぬそんな雑な文で、しかし先生は「凄いよかったよ」と言ってくれる。疑いもなく言っていそうな、そんな口調で。
だからいつも、“その感情は本当ですか?”と心のなかで問うている。

書いた作文が学校でちょいと取りあげられるのを見て、親が祖父母が、「あんたよう頑張っとるなあ」と言ってくれる。本当ですか? 即興と言って差し支えないような、言葉というものから逃げたこんな人間の言葉に、あなたは本当に賛辞を送っているのですか? 頭のなかでは傑作だ、というけど、自分にとっては頭のなかでも外でも最低傑作だ。

何者、というのは、思春期ならではというのだろうか、こういった感情をただただ見せつけてくる。それ自体否定するわけでもなく、ただまざまざと描く。自分は凄いんだよ自分はこんなに頑張っててこんな凄いことやってこんなに大変なんだよ。自分自身を、醜さの結晶を。

なんでだろう、昔から文字にのせたらいくらでも嘘を吐ける人間だった。
小学生の頃は、四十代男性という体でブログを書いていた。
感想文では、主人公の優しさに感動した、と書いた。感動させたい感がありすぎて、ほんとは感動できてなかった。そうやって生きてきた。
なにか言葉にしようと感情をまさぐるとき、そう深くないところにある欠片の真実すらない感情を適当につかんで見せておけば、
それが真実という気になってしまう。それどころかそんな虚飾を大人たちは歓迎し誉めそやす。
これが真実だと、その瞬間そういうことになっていたのだ。
だれか見抜いてよ、と思った、だれか見抜いてたとは思うけど、だれも自分を冷めさせてはくれなかった。
自分はその真実に生きてきた。ほんとは自分こそが真実なのだ。
別に世界に紛れた自分にならなくたって、唯一無二の特別な自分にならなくたっていい。本当の素直で。ほんの数時間前に書いたまっすぐな自分の感情に顔をしかめたりして。
「何者」か、っていうのはその先にある。